
現在の七ヶ用水に大いなる影響を及ぼした歴史的人物に枝権兵衛の存在があります。江戸時代に生まれた権兵衛は、洪水や日照りに悩まされていた農民の悲願であった用水取入口の掘削工事を加賀藩に懇願し、幾多の苦難を乗り越え、その生涯と全財産を投げ打ってトンネル工事を完成させ、人々に多大な恩恵を与えた人物です。後に七ヶ用水の合口事業に結びつきます。


七ヶ用水合口事業が完成するまでは、七つの用水が別々に取入堰を設け手取川より取水していましたが、その堰や水路が洪水を誘発する原因となり度々水害が発生していました。また、渇水時には水量確保が困難であり各地で水争いがありました。そこで、オランダ人技師ヨハネス・デレーケの指導により、取水口の合口事業に着手し、新たな七ヶ用水の取水口となる大水門を岩肌に築きました。この大水門は、3本の隧道は半円アーチ形の煉瓦巻きであり、給水口(隧道出口)は3連アーチの石材(隅石・柱石・帯石・笠石など)で、その他は煉瓦で築きあげられています。水路掘割工事と併せて明治36年に通水を開始し、現在でも使用されています。