福岡堰【茨城県】

関東郡代・伊奈半十郎忠治の功績

伊奈神社(ウォーキングイベントのひとコマ)

 福岡堰は今から約380年前、関東郡代・伊奈半十郎忠治公により、常陸谷原三万石の新田開発に伴い造られました。その後、何度か堰を改良する工事が行われましたが、小貝川の流量の増加と本体の老朽化のため、昭和46年に現在のコンクリートでできた新しい堰が完成しました。
 福岡堰のある小貝川は、江戸時代まで、現在のつくばみらい市(旧谷和原村)寺畑の辺りで鬼怒川と合わさり、一斉に利根川へと流れ込んでいたため、洪水が多く水路を造ることが難しい川でした。忠治公は、この小貝川と鬼怒川の流れを分ける工事を行い、洪水を抑え、堰を築いていきました。
 関東三大堰と呼ばれる福岡堰、岡堰、豊田堰は、すべて忠治公の手によるものです。つくばみらい市(旧谷和原村)にある伊奈神社は、これらの功績を讃え建立されたもので、今も忠治公は、神様として祀られています。