田沢疏水地区

所在地 秋田県 田沢湖町・角館町・大仙市・美郷町
農地面積 4,486 ha

仙北平野とは、北の玉川、西の雄物川、南の出川に三方を囲まれた15,600haをいう。

田沢疏水の歴史は、今から約180年前の文政年間、時の秋田藩主佐竹侯により計画された。玉川を堰止める工事は洪水で流され三度も失敗、取り入れ口を上流に移しトンネルを掘り抜き、延々30kmに及ぶ用水路「御堰(おせき)」を完成、新田開発と古田の補給水として利用された。これが田沢疏水の始まりである。

その後、仙北平野の開墾は、昭和12年、「田沢疏水国営開墾事業」として、歩み出した。この計画は、上流の玉川温泉の強酸性水、玉川毒水を田沢湖に流し込んで、その毒性を薄め、生保内発電、夏瀬発電で発電用水として利用し、その下流の神代調整池から放流された水を玉川抱返り頭首工で取水し水田に利用しようというものである。その規模は、県内に例をみない前代未聞の3,000haに及ぶ大開墾事業であった。仙北平野には、田沢疏水、第二田沢、仙北平野の三つの幹線があり、ちょうど゛川゛の字を描くように平野を縦断している。昭和12年から始った田沢疏水、それに続く第二田沢が仙北平野の東部に広がる原野の開墾を促し、昭和44年から着工した仙北平野地区は、約1万haに及ぶ慢性的な用水不足と排水不良を解消した。

藩政時代の御堰の開削以来百数十年、多くの農民が、さまざまな苦闘の末に完成した田沢疏水は、今、豊かな流れとなって仙北平野を潤している。

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事業実施前

工事中

施設竣工時

完成後の営農の状況

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