水土里デジタルアーカイブス詳細

和賀中央地区

所在地 岩手県 北上市・花巻市
農地面積 4,041 ha

本地区は、岩手県内陸部のほぼ中央部にあたり、一級河川和賀川を取水源として、北上市・花巻市を跨いだ受益地となっている。

この地域の農業水の歴史は今から340年前の藩政時代、荒漠たる和賀平野を眺めた奥寺八左衛門が、この地域を開発すれば藩の財政を豊かにできると考え、幾多の苦難を乗越え上堰・下堰の二大用水路からなる「奥寺堰」の開削に成功したのが第一歩である。

以来、300年余りの年月を経、施設の老朽化、水管理が困難な状況になったことから、国営和賀中央農業水利事業(S43~52)により用排水路を改修するとともに、関連事業のほ場整備事業を実施し、大型機械の導入による労働生産性の向上を図ってきた。

管内の農業用水路は都市化の進展及び農家の高齢化等により、施設の粗放化がみられるようになってきていることから、当水土里ネットでは現在の北上市発展の礎となったこの奥寺堰の開削にかかる歴史とともに、農業用水の持つ多面的機能をクリーン作戦、出前授業、紙芝居公演等様々な活動を通して啓発を図り、地域住民と連携した維持管理をめざし活動している。

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事業実施前

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昭和初期

旧下堰幹線用水路
北上市和賀町横川目地内

昭和初期

下堰幹線用水路
猿田分水工

昭和初期

上堰幹線用水路
取水口(現在は石羽根ダムの湖底)

昭和初期

第1号隧道出口(現在は石羽根ダムの湖底)

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昭和初期

旧上堰幹線用水路
北上市和賀町横川目地内

工事中

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昭和初期

尻平川架樋建設工事実施中写真

昭和6年

人力による抜根作業
昭和6年飯豊・戸田地区の開田工事

昭和6年

人力による抜根作業
昭和6年飯豊・戸田地区の開田工事

施設竣工時

完成後の営農の状況

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昭和初期

旧下堰幹線用水路頭首工

昭和初期

奥寺八左衛門が用水路開削にあたり目印となった「連理の木」
現在は村崎野伊勢神社の御神体となっている。

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