水土里デジタルアーカイブス詳細

山王海地区

所在地 岩手県 紫波郡紫波町・紫波郡矢巾町・花巻市石鳥谷町
農地面積 3,845 ha

この地域は岩手県のほぼ中央に位置し、水源を北上川水系滝名川及び葛丸川の両河川によって形成された扇状地に広がる県下でも有数の穀倉地帯である。古代大和政権の時代から、稲作の適地として開拓が進められたが、水田面積に比べ水源の流域面積が小さく、降雨量も少ないことから、深刻な水不足の常襲地帯であり、時には死者が出る程の水争いが頻繁に起こった。幾度とない紆余曲折を繰り返し、昭和19年に山王海ダム築造の事業計画が具体化され、国営事業により昭和27年当時としては東洋一のアースダムとして完成を迎えた。堤体には時の国分岩手県知事が、「永遠に水争いがなく、平穏であれ」という気持ちを祈念し「平安・山王海・1952」の文字を植栽した。

その後、近代的農業の展開により、農業機械の大型化や湿田の乾田化、汎用化が進み、またしても用水不足が生じてきた。国営山王海農業水利事業が昭和53年度より着工し、葛丸ダムの新設、旧山王海ダムの嵩上げ、両ダムを結ぶ取水・導水トンネル、頭首工、幹線用水路の整備を事業内容として進められ、平成2年に事業の計画変更がなされ、一期と二期に分離し、一期事業分の葛丸ダム及び4頭首工、幹線水路、導水トンネルが平成4年3月に完工、二期事業分となった山王海ダムの嵩上げ、取水トンネルの工事も平成14年3月に完了し、全国でも珍しい親子ダムが完成した。水争いで苦しんだ古人の労を顧み、この地域の永久の発展の願いを込め旧山王海ダムに植栽された「平安」の文字が新山王海ダムの堤体に引き継がれている。

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事業実施前

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昭和初期

旱魃により枯死した早苗

昭和初期

水げんかの舞台となった志和稲荷神社前

昭和初期

水げんかの投石によって耳が欠けた狐の前立て

昭和初期

山王海ダム築造前の山王海部落(水没)

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昭和16年

代掻き時期の滝名川

工事中

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昭和初期

取水塔々体工事

昭和初期

エンドレス線による用土の運搬作業

昭和51年

県営事業南野原地区開田作業

平成8年

旧山王海ダムと新山王海ダム建設風景

施設竣工時

ID:0278

昭和28年

山王海ダムから頭首工よりの通水を見守る関係者

完成後の営農の状況

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