水土里デジタルアーカイブス詳細

鹿妻地区

所在地 岩手県 盛岡市・矢巾町・紫波町
農地面積 約 4,774 ha

鹿妻穴堰の歴史は今から約400年前、南部氏26代信直公によって青森県三戸から盛岡の地へ 居を移すべく移築工事が開始された2年後の慶長4年(1599)に始る。当時南部藩経営のための水田耕作地域の拡大を計ることを目的とした信直公の命を受け、金山師であったとされる鎌津田甚六が、現在の盛岡市西側より流れ来る雫石川のせり出した岩山に隧道を掘削し、雫石川の流れを導入し開削されたものであり、鹿妻穴堰の開発は盛岡地域の発展の歴史に密接にかかわっている。

本区存立の基本は、南部藩御用水堰以来の用水路の維持管理にあるが、昭和28年(1953)に県営雫石川排水改良事業が起工され、つづいて同35年(1960)には国営雫石川沿岸農業水利事業の起工があり、往昔からの原始河川的素堀堰堤の管内主要用排水路の拡充、舗装、整備され、頭首工の改築、ダムの新設とあいまってその施設は近代的設備となり、管内約5,000haの水田を灌漑している。

近年、本地域においても都市化の進展による市街化区域内農地の宅地等への転用が激増しており、用排水路への汚濁水排出などの深刻な問題が生じていることから、昭和59年に管内市町と鹿妻穴堰管内水路等利用調整協議会を設置し対策等を協議している。

さらに本区では魅力ある豊かな農業農村を目指して、土地改良施設の大切さを多くの方々に理解して頂くため、水辺公園内の清掃などを地域住民・団体等と協働で実施している。

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事業実施前

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昭和43年頃

上流部より見た旧鹿妻穴堰頭首工(大正5年建築の穴口閘門設備)

昭和43年頃

旧鹿妻穴堰頭首工取水口から流れ出る用水

昭和30年代

旧稲荷場分水工
写真左が鹿妻本堰、右が昭和2年に開鑿された幹線用水路

昭和35年

雫石川沿岸農業水利事業(第一期国営)
起工式の様子

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雫石川沿岸農業水利事業(第一期国営)
起工式掲載新聞(昭和35年5月8日:読売新聞岩手版)

工事中

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昭和44年9月20日

鹿妻穴堰頭首工工事の様子

施設竣工時

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昭和45年4月11日

鹿妻穴堰頭首工改修通水式の様子

完成後の営農の状況

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