新・田舎人29号

マガジンラック

新・田舎人

新・田舎人インタビュー
地域の水循環の核として期待される農業水利と土地改良区。

三野 徹さん(京都大学教授)

三野教授は、灌漑排水学、水環境工学の研究者であると同時に、農業水利の現場へ積極的に出向き、具体的な研究、指導、提言などを行われている、いわば農村、農業水利の現実を知る研究者でもある。農業水利にかかわる農村の現状と諸問題、それを管理する土地改良区の今後、さらには世界の水情勢などについて伺った。

※文中敬称略

写真:三野徹氏 三野 徹(みつの とおる)さん
1943年、京都府生まれ。京都大学農学部卒業後、同大学院修士課程終了。同大学農学部助手、助教授、岡山大学農学部助教授、教授、同大学環境理工学部教授を経て、1997年に京都大学大学院農学研究科教授となり、現在に至る。専門は灌漑排水学、水環境工学。1999年には農林水産省かんがい排水審議会小委員会の座長を努め、土地改良法の改正方向についてのとりまとめを行った。『地域環境管理工学』『地域環境工学概論』『灌漑排水(上)(下)』など学術・専門書を数多く執筆。

―農業用水をとりまく環境ももずいぶん変わってきましたね。

三野/こうした問題はコミュニティとしての集落、村の機能の崩壊が大きな影響を与えているとも思います。混住化、都市化によって農家はどんどんマイナーな存在になり、そこの水がどこから来て、どのように排水されているのか、まったく知らない住民が増えている。水を中心にしたコミュニティ、絆、意識がどんどん弱まっていく。
ところが今、それも大きく変わりつつあります。農村地域において、これから水、農業用水とどう付き合っていくのか。地域全体として水を保全していく方向に進まざるを得ないし、農業用水が中心になりながら、非農家の方々をまき込んで、地域全体の水利用のあり方、管理を考えていく時期にきているのではないでしょうか。
農業用水の役割について考えるとき、もう一つ見逃してはならないのは、農業用水と地下水の関係です。水というのは、ポイントだけの管理ではすまされず、地下水を含んだ流域全体として体系的な管理が重要になってきます。A地点でいくら水を管理し、水質を保全しても、同じ流域のB地点で管理がずさんだったら意味がない。水は森、山、川、水路、田んぼ、地下水によってつながっていますから、ポイントではなく、流域を一体的にとらえていく考え方、対応が必要となります。
都市住民の方も「ウチは水道水だから農業用水なんて関係ない」と他人事のように思っていらっしゃると、それは違います。水道の水がどこからきて、どの流域・水系に属するのか、ぜひ関心をもっていただけたらと思います。

―農業用水の多様性を活かした土地改良区の活動もずいぶん多くなりました。

三野/土地改良区に「都市のために水を守れ」とはいいませんが、「地域の水を守る」延長線上に都市との連携があるのではないでしょうか、とはいいたいですね。
少し話は飛びますが、平成9年に河川法が改正されましたね。そのときに一つの柱として『健全な水循環』という理念がうたわれました。河川を適切に管理していこうとすると、地域の健全な水循環が欠かせないというわけです。じゃあ地域の健全な水循環がどうしたら可能かと考えると、行きつくところは農業用水と地下水になります。したがって土地改良区は、健全な水循環にとって不可欠な存在といえます。
そしてもう一つ大事なことは、河川は国とか県が公的に管理しますが、地域の水循環になると、やはり住んでいる人が管理の主役にならざるを得ないでしょう。とすると、行政と住民の間に立って、いろいろなノウハウを蓄積している土地改良区は自ずとその中心になってくるはずです。地域の健全な水循環のために、私は土地改良区にかなりの期待をもっていますし、土地改良区の側もそういう方向に進まざるを得ないのではないでしょうか。

―先生は「農村において『共』と『協』の再生が重要」と主張されていますね。

三野/日本の農村の近代化は、地域のしがらみから農家が自立することによって大きく進みました。ほ場や用水を整備する農業農村整備事業が農村の近代化に果たした役割は大きい。
その一方で近代化は、それまで農村に根づいていた共同の「共」、協力の「協」の機能を分解し、一部は農家の「私」が、残りは行政による「公」が肩代わりしてきたという現実があります。多様な価値観をもつ人たちが多様なライフスタイルで生き生きと農村で暮らしていくためには、個の自立はどうしても必要です。近代化はそのためにさらに進める必要があります。しかし、「共」と「協」の部分があって農村が成り立っていることを忘れてはなりません。農業用水はその典型といえるでしょう。集落や地域、あるいは上流と下流の「共」と「協」抜きに農業用水は維持できません。
しかも、これまでは経済の成長の中で、財政的に余力があった行政の「公」が、従来の「共」と「協」をカバーしてきましたが、最近の経済情勢、行政の財源不足にともなって対応に限界が見えてきました。
「公」と「私」の間にあって、両者をつなぐ「共」と「協」の部分、これを農村にどう再生していくのか、非常に重要な課題です。とくに過疎化、高齢化が進む農村では切実です。その場合、農村地域の環境や資源の管理に関して、さまざまな歴史、慣行を引き継いできた日本型「共」同組織としての土地改良区の役割を見逃すことはできません。むろん土地改良区がすべてを引き受るという意味ではありませんが、水や土などに関して土地改良区を核として新しい視点から議論を起してゆくことが大事です。

(この記事は「新・田舎人」29号のインタビューを抜粋したものです。)


バックナンバー

疏水名鑑

デジタルアーカイブス

水土の礎

Think About 2030

世界かんがい施設遺産