新・田舎人23号

マガジンラック

新・田舎人

新・田舎人インタビュー
農村と都市の対等な交流から新しく生まれてくるもの

永島敏行さん(俳優)

数少ない本格派俳優の一人、永島敏行さんは、数年前から秋田県と千葉県で仲間とともに農業体験・交流を続けている。永島さんにとって農業体験とは、そして農村がもつ良さをうかがった。

※文中敬称略

写真:永島敏行氏 永島 敏行さん(ながしま としゆき)
昭和31年、千葉市に生れる。専修大学在学中の昭和52年「ドカベン」でデビュー。以後、映画やテレビで活躍。「遠雪」では56年度キネマ旬報賞、ブルーリボン賞などの主演男優賞に輝く。

―農業に関心をもたれたのは、なぜですか。

永島/農業と漁業の町で育って、お金ではなく、田舎がもつ風土、地域がもつ豊かさが自分を育ててくれたという記憶がある。

―永島さんが育った千葉市は昔とすいぶん変わりましたね。

永島/そうですね。僕は、高度経済成長期に育っているから、良くなっていくものも、壊れていくものもいろいろ見てきた。
戦後、暮らしを良くしようとみんなガンバって、そういう時代を経てきてこそいまの生活がある。だから、単純に批判する気はないんです。ただ最近になって、自然環境の大事さにみんな少しずつ気づいてきた。自然環境を残す役割があるとしたら、東京オリンピック前の日本を知っている、僕らがやらなければならないんじゃないかと感じます。
自分が親になってみると、この日本は奇跡の上に成り立っていると思うんですね。世界各国いろいろ行ってみても、日本ほど便利で天国みたいな国はないでしょう。その一方で忘れてしまったものも、だいぶある。農業や漁業も忘れられつつある。1000年、2000年かけて築いてきたものを、たった50年間くらいですべて忘れてしまっていいものか。それに農業や漁業を通して得られる感覚、自然の力が人間を生かしているという感覚も、大切なんじゃないかな。

―農村へ行かれて、何か感じることはおありですか。

永島/もっと自分たちの暮らしや、地域がもっている"良さ"を教えてほしいね。農家自身が自分たちの魅力に気づいていないんですよ。
もちろん、農村だけが素晴らしいということでもないし、都会は都会で存在しないといけない。ただ、交流という意味では、都会から農村への一方通行で、逆に農村から都会への流れがない。農村、漁村の魅力を知ってもらうには、農村から都会への流れも必要じゃないか。
それは、目的意識をもった一部の人たちが特別にやることではなくて、普通の人たちが「農作業って、やってみたら楽しい」という形がいい。「私はやっぱり都会がいい」という人がいてもいいし、都会の人も、まず農村、漁村を知らなくてははじまらない。

―俳優、映画人として何か夢はおありですか?

永島/ええ、まぁ…。詳しい話をすると盗まれちゃうといけないけど(笑)。夢は、棚田を舞台にした映画をつくってみたい。
恋愛を通して、たとえば都会の少女たちがもっている価値観や悩みと、農村の価値観とか悩みをぶつけてみると、いろいろなものが見えてくるような気がする。それに農村の環境、嫁が来ないとか、棚田ということで生産性が上がらないとか、このまま田んぼをやっていくのか、といったことをからませていく。
簡単に答えは出せないだろうけれど、悩みながらも少女たち、少年たちが自分の夢を語ることで、子どもたちや農業が抱えている問題が映画にできたら、と思うんです。

(この記事は「新・田舎人」23号のインタビューを抜粋したものです。)


バックナンバー

疏水名鑑

デジタルアーカイブス

水土の礎

Think About 2030

世界かんがい施設遺産