新・田舎人20号

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新・田舎人

新・田舎人20号記念対談(続き)
自然豊かな中山間地域の方が、これから可能性がある。

黒川和美さん(法政大学教授)&森田昌史さん(農林水産省構造改善局次長)


農村の美しさ、良さ、価値の再発見のために

森田/地域のかかわりを見直すという点では、農村に住んでいる人たちでも、その美しさや良さを意外に認識していないように感じますね。
「基金」活動では、集落や地域のウオッチングマップというのをつくることがありますが、これは地域の自然資源とか祭りや行事まで含めた文化資源とかを、住民の目で確かめマップに記録していくものです。小川のどこにタンポポが咲く、桜はいつごろ満開になる、あるいはお地蔵さんのある場所や、田植え、祭りの時期など...。こうやってマップをつくると、住民の方々から「自分たちの住んでいる地域にこんないろいろなものがあったなんて」という声が聞かれる。自分で歩いてみてはじめて気づいた、意識できたというわけですね。また、そういうマップを都会に出ている人に送り、再び交流をもっていく。
身近だからこそ意識できないということは多いですね。農村の良さをもう一度見直す。もう一度、自分たちの身近な地域を見直してみる。「基金」も、そういう感覚を呼び戻すきっかけになっているのではないかと感じています。

黒川/農村の方が、ドアからドアで車に乗っちゃってますからね。だから、どこの道路が痛んでいるとか工事中であるとかは良くご存知ですが(笑い)、どこにふきの芽が出ているなんてことはなかなかわからなくなった。 いま私たちが話していることは、叙情的に訴える話のことのように聞こえますが、実は普通に生活していたら必然的なニーズとして出てくる、非常に大事なことなんです。

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それに加えて知識として学ばなければならない部分もあります。たとえば、いままで行ってきた農村への投資がなかなか見えてこない、一般には理解されがたいということがありますね。農業農村整備事業にしても、都市の人たちにどれぐらい利益を与えているのか、あるいは中山間地域を維持することが都市にどれだけ利益を与えているのか。そこを専門家が計算して、きちんと一般の人にもわかるようにしていく必要があります。もし中山間地域に人がいなくなってしまったら、どんな問題が起こってくるかとか、そのためにどんなコストがかかってくるかとか。そういう部分についても、みんなにわかってもらわなければいけない。


農村の豊かさを守る「田園空間博物館」の整備

黒川/ところで、農村の美しさや良さを守っていこうという意味で、今度新しい事業がスタートしたと聞きましたが。

森田/「田園空間博物館」ですね。これはフランスで行われているエコ・ミュージアムを発想の原点にしていますが、一町村ではなく、数か町村の地域全体そのものを博物館と見なして、そこにある歴史的、伝統的なものを水と土を基本的な資源として保全、復元し、豊かな農村として守っていこうとする事業です。
地域の中心にコア施設を設けて、車は駐車スペースにおき、歩いて地域を散策、体験できるようなフットパスとしての並木道をつくったり、古い民家や学校、春の小川といった土水路や石積み水路、古い堰などを保全整備して、歴史的、伝統的な施設を活用することにより、地域外の人にも農村の雰囲気を楽しんでもらいながら、その地域を空間全体として活用し、地域の活性化につなげていこうというイメージをもっています。もちろんこれもハードだけでなく、人の問題も含んだソフトをきっちりやっていかないとだめだと感じています。

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いまイギリスの田園空間が美しいといわれますが、あれは日本の農村を見習った結果だという人もいます。明治時代に日本に視察にきたイギリス人たちが日本の農村の美しさに驚き、帰国して田園整備に力を入れ、イギリスのいまの田園ができたというわけですね。それほど日本の農村は美しいと評価されていたわけです。ところがこの100年間、日本はその農村そのものを大事にしてきたかというと、疑問が残ります。自然の移り変わり、四季はありますし、亜寒帯から亜熱帯まで、あるいは太平洋と日本海に囲まれ、海あり山あり、川あり谷ありと、こんなに自然の豊かな国はほかにありません。そういう意味で農村のもともとの潜在力はすごいと思います。ですから、これからの100年、農村にもう少し力を入れたら、気を配ったらという気持ちですね。

黒川/農村を守っていこうとする場合、農村内部だけの問題として考えていては限界があります。やはり外部、都市の人たちとの交流を視野に入れた動きが必要になってきます。
その点では、「田園空間博物館」もエンターティナーな工夫や努力が求められるでしょうね。つまり自分たちの地域がきれいになるということだけで良ければいいけれども、人が来て満足して帰ってもらおう、また来てもらおうとすると、それなりのきちんとした取り組みがいる。そして、地域のみんなの取り組みが一つの産業になったり、雇用をつくりだしていくことも大事になってきます。そういう循環が成り立つようにしようとすると、思いつきでは絶対無理。どのくらいの距離ごとにどういったテーマがあるとか、工夫もいります。しかし、そういったものがあって定着していれば、すごい意味がある。
それからもう一点、いまは高速道路などのネットワークが整備されています。これが大きい。面白いものとちょっとした工夫があって、情報発信できれば、多くの人が関心をもち、長距離であっても来てくれる。 たとえば、昨年秋に鳥取県の境港で博覧会が行われました。90万人ぐらいの来場者を予定していたのが、ふたをあけたら何と300万人がきちゃった(笑い)。これはウレシイ計算まちがいですね。ネットワークの整備が進み、人の移動距離は想像以上に増えていますから、魅力的なものがあって情報を得ることができれば、本当にあっという間に人が集まります。
逆に「田園空間博物館」のようなものは、人数をコントロールしないと、農村ののどかな雰囲気がなくなってしまうかもしれない。渋滞も気にかかります。そういうところをコントロールし、上手に見せていくためには、相当な知恵や工夫、努力が必要になってきます。


農村の新しい可能性、遊び、学び、体験の場へ

黒川/都市とか農村とか関係なく、地域にとって一番大事なことは雇用じゃないでしょうか。そこに雇用があれば人がいなくなるということはない。地域から人がいなくなってしまうことが、もっとも怖い。また、コミュニティというのはお年寄りから若い人、子どもまで、年齢構成がバランスよくとれていなければならないですよね。産業分野でいっても、農業一色ではなく、いろんな産業分野があって、そこで働くいろんな人がいる方が地域として好ましい。「博物館」整備がそういうものとつながっていくことを期待したいですね。
それから大事なことがもう一つ、教育です。学校の先生が何回しゃべるよりも、そこへ実際いった方が教育になることがあります。子どもたちが歩いて農村を見て回る。誰かが紋切り型の説明をし、引率して歩くのではなく、小学生用あるいは中学生用のパンフレットを渡して、あとは自由に見て回りなさいと。一泊二日で自由にということでもいい。どういうふうに学んだかはその子どもの能力ということにしてね。

森田/「博物館」を教育の場としても考えていったらどうかというご意見には大賛成です。そこには当然田んぼがたくさんあるわけですから、仮に「田んぼの学校」のようなものを企画して、田植えをしたり、稲刈りをしたり。生徒たちが団体で一泊二日ぐらいを過ごせるようにできたら、といったことも含めていろいろとアイデアが出されています。
ほかに、学校の生徒だけではなく大人の方のためにも、陶芸や紙すき、竹細工ができるようにとか。まぁ、ものによってはちょっと時間がかかるかもしれませんし、これもソフトとの連携がないと機能しないと思いますが、拙速で動かすようなことをせず、いろいろな知恵や経験を集約していきたいと思っています。ときにはプロの方々のノウハウを活用することも必要だろうと思います。


農業と農村のこれから、新しいシステム作りへ

黒川/ちょうどいい機会ですから、森田さんにこれからの農業農村整備事業の方向についてお尋ねしたいと思いますが。

森田/新しい「食料・農業・農村基本法」ができますので、その方向が大前提になると思います。
その中で、生産性の高い農業が実現できる基盤を確実につくっていく、これが一つですね。ほ場整備からかんがい事業とかいろいろな事業がありますが、高い生産性をもつ優良農業地域を総合的な振興計画のもとに作っていく。これはどちらかというと平場あるいは平場に近い地域への対策になります。
これに対して中山間地域は、必ずしも生産性だけを追及するのではなく、自然や生態系、生活を含んだ総合的な環境整備を行い、地域の特色を生かしたその中山間地域ならではの整備を進めていきたいと思っています。
それから新しい基本法では、農村振興ということも位置付けられていますので、農村を食料の安定供給とともに、生活・居住環境の場として環境整備を積極的に行い、総合的な農村振興をはかっていきたいということが一つ。
また、土地改良施設については国民の財産として非常に膨大なストックがありますので、これを国土保全の面からも環境保全、防災面からもしっかり管理していくということがあります。
大雑把な括りとして、4つの分野になりますが、これを総合的に進めていくということになりますね。ソフト事業とあわせ、うまくセットにしながら、生産と生活、環境対策を一体的総合的にやっていくということです。
逆に私の方から黒川先生にお聞きしますが、これからの農業農村整備事業にご注文は?
黒川/いま森田さんがいわれたことと似ていますが、生産性という見地から考えると、たとえばソニーとか松下電器とか、日本をひっぱっている主要産業の生産性をもって、同じ水準を追及していくと、農業分野は非常にピンチになるわけです。これは農業だけに限らない。商店街でも同様なことがいえます。あるいはアメリカ農業の生産性に対抗しようとすると、それはもう日本の中ではごく限られたエリアでしか農業は成り立ちません。せめてヨーロッパの農業に対抗できるような生産性までにはもっていきたいとは思いますが、アメリカ並みの生産性を確保しようとするのはまず無理でしょう。農業生産性の追求という一つの基準だけでは、限界があることはもう見えている。
アメリカの体系はね、直接生産性をあげることと、外国人労働力の賃金の安さで成り立っている。ヨーロッパや日本が、アメリカをまねることはできない。
しかし、何らかの形で対応しなければならないのも現実です。その一つの方法として、都市と農村がいろいろな形で連携を行っていくことが重要になってきます。あるいは生産者と消費者との連携といってもいいかもしれません。
農村地域でつくられた良質なものが、都市の中でそれなりの価格で売れるような関係を築いていく。一方で、都市の人がどんどん農村へ入ってこられるような方法を考え、情報発信していく。農村地域においても、非農家が一定以上の割合でいないと、地域経済を維持することは難しいわけですよ。つまり農業所得と非農業所得が地域の中でバランスよく生まれていかないと、ある程度の所得を農村で確保することはできないと思うんです。

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その意味でも農村は、環境の豊かさや良さを前提として、これまで農業農村整備事業などでストックされてきた社会資本を有効に使い、都市の人にそこにいってみたい、住んでみたいと思わせるようにしていかないと。むろん今後も農村地域に対する社会資本整備や環境投資はしっかり続けていくことが大事になりますが、都市と農村が連携できるメカニズム、システムをうまく作っていくことですね。それはフランスでもドイツでもイギリスでもやってきたわけですよ。日本でもその芽は出てきています。しかし、あるところまでは金銭的にもバックアップしてあげないとそう簡単なことではない。
そういう観点からも、新たな「食料・農業・農村基本法」の体制が必要になってきたといえるでしょう。

※文中に掲載した写真は、日本全国の農村地域の風景です。


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