新・田舎人20号

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新・田舎人

新・田舎人20号記念対談
自然豊かな中山間地域の方が、これから可能性がある。

黒川和美さん(法政大学教授)&森田昌史さん(農林水産省構造改善局次長)

本誌は平成6年に創刊され、今号で20号を数えます。そこでこれを記念して、黒川法政大学教授と森田農林水産省構造改善局次長のお二人に、今後の農業と農村の発展方向、あり方について対談をお願いすることにしました。黒川教授は、公共経済学分野のエコノミストとして知られるとともに、『農業大革命』『農村大革命』などの著書で21世紀の農業と農村、特に中山間地域について示唆に富む提言をされています。また、森田次長は同局開発課長時代に「ふるさと水と土基金」を、設計課長時代に「食料・環境・ふるさとを考える地球人会議」を手がけられています。

※文中敬称略

黒沢和美氏 黒川和美(くろかわ・かずよし)さん
昭和21年生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。慶應義塾大学大学院博士課程終了。法政大学助教授などを経て、現在、法政大学経済学部教授。著書は『公共部門と公共選択』『農業大革命』『農村大革命』ほか多数。
森田昌史氏 森田昌史(もりた・まさし)さん
島根県出身。昭和43年、農林省に入省。農林水産省構造改善局開発課長、設計課長、建設部長などを歴任、現在に至る。

中山間地域の活力低下に何とか歯止めを

森田/「新・田舎人」も20号となります。その記念対談として今日は、中山間地域や農業農村整備のこれからについて、公共経済学がご専門の黒川先生に貴重なご意見をうかがえるということで、楽しみにしてきました。先生の前で、少し緊張気味ですが、よろしくお願いします。

黒川/いや、お話をうかがいたいのはこちらの方です(笑い)。今日は、森田さんにいろいろと興味あるお話を聞かせいただけるのではないかと、楽しみにしてきました。
そこでまず私の方からお尋ねしますが、この『新・田舎人』が出されるようになったきっかけは、どういったことから?

森田/最初のきっかけというのは中山間地域に焦点があったわけです。ご承知のように中山間地域を含む農村は土地改良施設という非常に膨大なストック、国民的財産をもち、農業生産だけではなく国土保全や環境保全などの面でも大きな役割を果たしています。しかしその中山間地域が高齢化や人口の減少などにより活力を失いつつある。これを何とかしなければという思いがありました。
そこで土地改良施設を地域資源の核と見なして、地域の人全体で守っていってもらえるよう「ふるさと水と土基金」をスタートさせました。この「基金」には県レベルのものと市町村レベルのものがありますが、いずれにせよ「基金」の運用益を活用し、水と土という地域の資源を幅広く守り、美しい形で地域を保全していこうとする住民活動を支援するものです。

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従来、われわれは農家を対象とした事業を実施してきましたから、どうしても農家だけを視野に入れがちです。ところが「基金」活動は、農家も一般住民も含めて地域に住んでおられる方々の理解を得なければうまくいかない。こうしたことから一般住民の方にも理解してもらえる柔らかいPR誌をつくっていこうと思い立ったわけです。さらに願うなら農村地域だけではなく、都市の人々に対しても発信源となり、その反応を見ながら地域資源を守る輪を広げていきたいと。都市の人の目が農村に向かえば、必ず農村地域の活性化につながっていくはずだという思いもありました。

黒川/「基金」ができ、『新・田舎人』が創刊された平成5・6年というのは日本にとってもすごくユニークな時期にあたると思います。
明治維新以後、ずっと日本全体が人口を増加させ、どこの市町村も自然増で人口が増えるという状態が続いていました。戦後も昭和25年ぐらいまでは戦地から戻ってくる人も含めて急速に人口が増える。だからその食料対策を考えなければならない。そうしたプロセスの上で農業基本法をはじめいろいろな新しいコンセプトが生まれてくるわけですね。ところが昭和30年代に入ると突然、東京・大阪間の東海道メガロポリスだけに人口が集中し、それ以外の地域はいっせいに人口が減少するということになってきた。
しかし、そうした傾向も最近はずいぶん変わってきました。大都市への人口の流入圧力が減り、ちょうど平成5・6年ごろには、大都市へ入っていくのと出ていくのと、人口が均衡した時期なんですね。
つまり実態として、都市と農村のどちらに住むかという国民の選択判断に、差異がなくなってきているという節目にあたるわけです。その一方で、都市の情報発信に比べ農村の情報発信はどうかというと、きわめて少なかったという現実があります。「農村ではこんな魅力的な生活ができますよ」とか「この村にはこんなにいいところがありますよ」といったライフスタイルにまで踏み込んだ情報はほとんどなかった。
そういう意味では、こうしたPR誌の発行は時期を得ていたと思います。ですから『新・田舎人』には、中山間地域を中心とした農村地域の課題について農村の内側に対してだけではなく、都市住民に対しても情報発信を行っていくという役割を期待しています。


無限の可能性を秘めた地域主権の「基金」活動

黒川/「ふるさと水と土基金」は、二つの意味でユニークな新しい取り組みだと思います。一つは先ほどいわれたように、地域の農家だけではなく一般住民も含めた地域のコミュニティ活動を応援していこうとする点。もう一つは、いわゆるソフト事業であるという点です。これまでの農業農村整備にはない発想といえるでしょう。

森田/われわれとしては「基金」制度自体がそれまでにない概念ですからね。当初は果たしてこういう制度、活動がうまくスタートできるかどうか不安な面もありました。しかし、いま考えてみますと、われわれはこれまでハード事業を手がけてきましたが、ハードを生かすためにもソフト事業が必要であると、その重要性を改めて感じています。農業農村整備事業全体を見渡してみても、ハードとソフトをセットにした形で動かしていく必要があります。

黒川/「基金」は新しいお金の使い方を示したという点でも大きな意味をもっているのではないでしょうか。都市と農村を問わず、自分たちの地域をああしたいこうしたいという要望はたくさんあります。ところが、行政が金銭的にバックアップするのはハードでしかなかった。地域にとって、補助金をもらおうとすればハードづくりが一番の近道ということになります。そこが問題です。
しかし「基金」の場合は、地域主権というか、地域や集落がベースとなりながら、自分たちでお金の使い方を考えていくことができる。
その一方、自分たちで考えていくというのは不安になることもあるでしょう。だから、こうした情報誌などを媒介に各地域、集落が相互にネットワークしながら、ほかの地域ではどんなことをやっているのか参考にして、自分たちの地域づくりに生かしていく。参考にしすぎると、また画一的になるという恐れはありますが(笑い)、それでも何か要綱があるわけじゃないから、自分たちで考えるという点で地域住民の判断力が一つ上のレベルへ向かっていけばいいと思いますね。

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しかも、都会の人たちを集めて何かするという活動を含めて、工夫次第でいろいろなことができる。そこが魅力的で、無限の可能性があると思います。

森田/おっしゃる通りですね。ハードというのは金額と仕事の量がほぼイコールとなります。大きな仕事のためには大きな予算がいる。しかし、「基金」に限らずソフト事業は、金額の規模じゃないんですよね。小さな予算でも、非常に幅広いことができます。老人や女性、子どもから話を聞く、あるいは地域を歩いてみて、地域のこれからをどうしようかという話をする。こういうことはエンドレスにできるんです。だからソフト事業というのは、お金の力よりは地域の人間の力、人間力によるところが大きい。
これは自戒の意味もありますが、われわれはハードを磨き上げるのに夢中になる傾向があります。部品をピカピカに磨き上げるようにですね。
しかし、遠くからそれを見たときに、果たして全体的なバランスがとれているかどうか、もう一度考えてみる必要があります。ハードとソフトがセットになることで、農村地域の空間全体を対象にできるのではないか、そんな気がします。


社会資本のストックにより都市と農村の連携が可能に

黒川/ハードづくりが最重要だった時代を経て、ようやく農村地域でソフト事業ができる環境が整ってきたということでしょう。道路づくりとか河川に対する守りとか、公園とか、あるいは土地改良施設とか、生産や生活の基盤となる社会的ストックが農村地域に出来上がってきたということがありますね。そのストックを利用できるようになってきたということが、ものすごく重要なことです。農村地域への投資がここへきて生きてきたといえる。
これは大都市への人口の流入と流出という問題にも関係します。魅力ある農村をつくろうという努力が、大都市への人口の集中をとどめることにつながってきている。農業や農村に対する投資というと、これまでボロカスにいわれてきましたが(笑い)、人口の集中にともなう地価の高騰など、数々の弊害を考えると、農村への投資が都市を救うという状態まできているのではないかと思います。

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現に人口の流れを考えると、農村から大都市への大きな人口の流れは止まっていますが、局所的に見ると、たとえば東京から30~40キロ圏の近郊に住んでいる人たちが都心へ戻っていくという傾向が平成8年ごろから起きています。これは何を意味するのかというと、30~40キロの郊外は、自然発生的に都市が拡大し、スプロール化して社会資本の整備ができていないところが多いんです。それで結局、都心の方が魅力的だったということになった。
つまり、都市基盤とか農村基盤とかの社会資本がきちんと整備されていないところは捨てられていく。働いたり、暮らしたり、あるいは学校へ通ったり、人が生きていくために必要な条件を整備していないところは厳しい状況になっていくということでしょうね。
言葉を変えれば、農村地域で社会的資本のストックが整ってきたことにより、やっと都市と農村が連携できるようになってきたということです。新幹線で東京まで2時間というところがたくさんあります。あるいは中山間地域であっても地方の都市まで車で40分もあればいけるわけです。中山間地域の集落に住んでいる人でも、農業以外の職業をもつことは十分ありえるようになってきた。
アメリカなどでは、すごい山の中の小さな村へ本社ビルや研究所、工場を移していくという動きがあります。あの有名なビルゲイツさんのマイクロソフト社なども、シアトルという街から車で30分も走った山奥にある。社員はその近くに住宅をもち、森や湖で遊び、豊かに暮らしている。
私は、山がある海がある自然豊かな中山間地域の方が、これから可能性があると思っています。むろん日本の場合、農村には独特の雰囲気があって簡単にはいかないでしょう。これまでも都市計画の専門家などが、マルチメディアをつかって農村へ本社を移転する試みなどに取り組んでいますが、成果をあげるまでにいたってはいません。しかし、一歩一歩いろんな形で都市と農村のかかわりを広げていけば、従来にない環境を農村に作っていくことにつながるのではないかと。そうしたかかわりの中から、ついでに住んじゃおう(笑い)、集落の仲間に入れてもらおうということも起こってくるのではないかと思いますね。


都市と農村の接点となる「地球人会議」の活動

森田/農村と都市のかかわりを広げていこうとする取り組みは重要ですね。中山間地域を含めてこれからの農業と農村をどうしてゆくのかという問題は、いわゆる農業分野だけではなく、都市の人も巻き込んだ論議と動きがなくては出口が見えてきません。その意味で「ふるさと水と土基金」においても、都市の人との連携をめざす地域住民活動について支援するという側面がありますし、こうした『新・田舎人』でのPRも都市の人の目を農村に向けるという一面をもっています。
しかし、まだまだ足りない。そこでもっと都市の人に農村への関心をもってもらえる方法はないものかと考え、出てきたのが「食料・環境・ふるさとを考える地球人会議」です。「農業」とか「農村」というテーマですと、都市の人はどうしてもかかわりが薄くなる。「それは農業問題、農村問題でしょ」ということになりますから。ところが「食料」や「環境」、「ふるさと」について考えるということであれば、都市の人も大いに関係し、また関心も高いということで、都市と農村の接点、共通の論点をもてます。農業農村整備事業とは直接関係しませんが、感覚的につながっていけばという気持ちですね。これも「基金」活動でソフト事業の大きな可能性を学んだ成果といえます。
この「地球人会議」の活動も都道府県の自主性を重んじたやり方をしています。ある程度の基本的なコンセプトはありますが、あとは自由にやってくださいというわけですね。
イベントあり、フォーラムあり、あるいは都市の人を中心に棚田で田植えを行ったり、農村の生態系の観察を行ったりと、昨年あたりから全国各地でいろいろな動きが見られるようになりました。今年は、全都道府県で立ち上げができましたので、全国ネットワークを設立する段階を迎えています。
それにもう一つの発想として「地球人」という名前をつけた以上、外国の方々との連携も視野に入れていきたい。われわれ農業土木技術者は技術協力で世界40カ国ぐらいへいっていますから、この運動を広め、参加を呼びかけていきたいと考えています。


自分と地域のかかわりをもう一度見直す時代

黒川/それは面白い活動ですね。安全性を含めて食べ物のことや健康、環境、廃棄物などについて考えていくというのは、自分と地域のかかわりを見直すことにもつながります。

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私は中心市街地の空洞化対策のお手伝いもしていますが、その際一番の問題は、どうやって中心を取り戻すかということなんです。じゃあその中心性とは何かというと、周辺の農村や漁村から朝採れたてのものや地場の産品が市街地の広場に集まってきて、それを多くの人が買いにくるということなんですね。全国一律に展開し効率を追い求める大型のスーパーマーケットにはできないことです。ですからこうした中心性を取り戻すためには、周辺に豊かな農村や漁村があり、そこから産品がくるルートを確立していかなければならない。
リサイクルとか環境の問題もかかわってきます。たとえばコンビニへいって紙パックの牛乳を買う。そうではなくて自分でビンをもっていって牛乳を買う、中心街でそれができるようになれば紙パックは必要ない。また、中心街は車でなく、歩くことを基本にする。中心街を見直す場合、歩くということはすごく重要なコンセプトとなってきます。歩くことが基本になれば、街の景観についても考えていかなければならない。
ヨーロッパでは、中心市街地の空洞化を防ごうとする場合、近郊の農業や農村の問題、リサイクル、交通、景観など、地域の諸問題を一体化して考えていこうとしています。いま私は都市サイドからのお話をしましたが、このテーマも「地球人会議」の大きなコンセプトそのままなんですね。
世界中が、週末に大型のスーパーマーケットへ自動車でどっといって、大量の消費をするという時代、そういうライフスタイルから、自分の目で足で確かめて、健康のことを考えたり、廃棄物を出さないことを考えたり、自分の日常生活と地域がどんなかかわりがあるのかということを見直す時代、ライフスタイルに変わりつつある。

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