新・田舎人16号

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山の“いぶき”に集まる期待
~愛媛県久万町~

林業に携わる担い手の激減、山の危機が全国的に叫ばれるなか、愛媛県にある一つの林業会社が注目を浴びている。平成2年に設立された「株式会社いぶき」だ。当初4名の社員も現在は31名を数え、その平均年齢は30歳という若さ。文字どおり山の若い“いぶき”に地域がかける期待は大きい。

地域の衰退が山の危機を加速

「山が危ない!」といわれる。木材需要の減少、外材輸入の増加、木材価格の低迷によって、林業経営への意欲は損なわれ、一方で新規参入者の減少、林業従事者の高齢化などが深刻化し、山や森を手入れし、管理する担い手がいなくなりつつあるからだ。

さらに、追い討ちをかけているのが農山村の高齢化と過疎化である。もともと農山村の人々の暮らしは、春から秋にかけては農業を行い、秋から春の農閑期には林業に従事するものであった。つまり専門の林業家を多くの農家が支え、地域ぐるみで山を守っていたのだ。ところが農家は減り、高齢化、過疎化にともなって地域から山を支える力が失われつつある。林業は専門の林業家の減少、高齢化に加え、それを土台で支える農家の減少と地域の衰退という二重の意味で危機にある。

「株式会社いぶき」(以後「いぶき」という)は、林業の担い手の確保と育成のため平成2年、第3セクター方式で愛媛県上浮穴郡久万町に設立された。

久万町は、松山市から国道33号線を高知へ向かって車で約1時間、標高5~6百メートルの緑豊かな高原にある。近年、全国初の本格的木造美術館(町立)や農村リゾート「ふるさと旅行村」、天体観測館、スポーツ施設などを整え、人と自然のふれあいの場として都市との交流や観光に力を入れているが、基幹産業といえるのはやはり農林業。総人口の約40%が農家人口であり、総面積の86%を森林が占め、そのうち人工林は90%近くに達する。

同町も過疎化は深刻。60年に14,708人だった人口は90年には7,685人へと減り、約52%の増減率となっている。また、久万町を含む上浮穴郡2町3村でみると増減率は実に38%を記録、高齢化の進行も著しい。地域の存亡自体が問われるなかで、林業の担い手不足が起こるのも不思議ではない。

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産業・地域政策としての「いぶき」

写真こうした事態への対応策として、久万町は「ふるさと創生事業費1億円」を活用し、「いぶき」を設立した。その発案者であり久万町長(兼同社社長)の河野修さんはこう話す。

「林業後継者、担い手不足が深刻化してきたのは昭和58年頃からです。そこで従来の林業労働の発想を変え、通年雇用の確立、月給制、休日や諸手当てなど待遇条件を整備し、若者に安心を与え、魅力をもたれる職場づくりが急務だと考えました。」

設立当初の出資比率は久万町が6割、町内一般が4割。全額町出資としなかったのには理由がある。

「経営がしばらく赤字になることは目に見えていました。なにしろ木材の販売価格は30年前と同じですから。そのため、前もって地域住民へ説明を行うとともにその合意を得ておきたかった。さらに、林業および地域の今後に対する問題意識を地域住民がともにするという意味でも、町内一般からの出資を募りました」。

観光や地域おこしでは経営的な採算を重視する第3セクター方式が多いが、担い手対策事業の一環という明確な方針のもと「いぶき」の赤字はある程度まで覚悟のうえという。

「従来のままで農山村は守れない。「いぶき」への援助は、担い手対策に加え、若者の定着をうながすという過疎対策、地域政策の面で必要なことだと思います。ある意味では地域の“保険”と考えてもよいでしょう。もの(施設)を一つ造っても、その維持・管理には相当なお金がかかります。人づくりも同じです。担い手や若者を育て定着してもらうため、その費用をある程度まで町が負担してゆく。それが「いぶき」です」。

また、民間からの依頼を含めて「いぶき」が請け負う山林作業の費用は一定基準に押さえられている。作業代が木材の販売価格を上回り、林業家の経営意欲や作業の委託需要をそがないようにとの配慮だ。このような考え方は、ヨーロッパで普及している“デカップリング(直接所得支持制度)”にもつながり、自治体が農林業と地域を下支えする地域的デカップリングともいえる。

むろん赤字が望ましいわけではない。「あと10%木材の販売価格が上昇してくれれば採算はとれるのですが・・・」という河野町長の顔には、農山村を預かる首長の切実な思いがうかがえる。


Uターン・Iターンも受入れ

「いぶき」の主な業務は、立木の伐採と搬出、森林の植栽・保育、森林内道路の開設と維持管理、その他の農林作業など。当初、通年で業務ができるよう山林作業以外に機械による農耕や収穫などの農作業も考えられていたが、高性能機械導入による独自の作業体系の確立と能率アップ、高齢化による山林作業員の減少、地域住民の好評価など諸要因が重なって、現在のところ林業の需要に応えるだけで手いっぱい。

一面では、それだけ地域の林業があえいでいる証しでもあり、喜んでばかりもいられないが、ともかく設立当初4名だった社員は現在31名へ増え、平均年齢は30歳。若い力を育てるという河野町長の思惑は着実に成果をあげている。そして、平成7年には久万町以外の郡内4町村による増資で、久万町から上浮穴郡の「いぶき」へ発展的に拡充された。

作業は8-5時の完全週休2日制。賞与や各種手当ても整えられており、“林業サラリーマン”としての安定した雇用環境が幸いしてか、他の中山間地域では問題とされる社員のお嫁さん不足もほとんど聞かないという。

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社員31名のうちUターンが12名、Iターンが3名いることも「いぶき」の特徴だ。宿舎など受入れ体制に制約があり、従来、郡内町村出身者、新規学卒者を中心に募集を行ってきたが、業務の増加にともなって平成9年からIターンについても採用をはじめた。全国的な不況の影響もあって求人への問い合わせは多く、都会脱出を目論む人からの電話も増えてきた。「しかしIターンの定着は簡単ではない」と6月まで同社参事だった同町商工観光課長・小原均さんは話す。「機械化されているとはいえ、林業労働は決して楽ではありません。「緑のなかで働きたい」とか「田舎暮らしにあこがれて」といった動機で勤まるほど甘くはない。そこで入社希望者にはまず1日働いてもらい、それが勤まったら3日、3日勤めれば1か月というように試験的に実際の現場を体験してもらい採用を決めています。1か月続けることができる方なら、ほぼ9割の人が定着してくれますから」。

それでも小原さんはIターンのこれからに期待をかける。

「会社の経営状態にもよりますが、この地域の農林業の潜在的な需要を考えると、将来的には100名ほどの社員を確保しても足りないという状況ではないでしょうか。体力があって根性があって、本格的に移り住んでもいいという方なら、ぜひ一度、試しに働いてみてください」。


“人づくり”に理解と支援を

取材当日、「いぶき」は4~5名ごとのチームを4つの現場へ派遣しているとのことで、小原課長に現場を案内してもらった。

「上浮穴郡は、人工林の6割が戦後に植林した木です。ちょうど間伐期にあたり、この現場もその一つです」。

まったくの門外漢の目に林業の現場はけっこう急な斜面に映る。密生したスギ・ヒノキのなかを林業作業者が道を拓き、木材を積み降ろしするグラップルや枝払いと造材を行うプロセッサーなど大型機械がそこを進む。驚くほど機械化が進んでいる。それでも依然として肉体的な負荷は少なくなく、かなりキツイ作業だという。また、危険がともなうだけにチームワークと安全確認は欠かせず、日常の手慣れた作業のなかでも緊張感が求められる。

間伐を終わったところは一目瞭然、適度な距離で木々が並び、陽光が差し込む。

「間伐はイイ木をつくるために欠かせません。それに国土保安や環境保護の面で、人工林は保水力がなくてダメだといわれるじゃないですか。それはちがうんですよ。人工林でも植える密度やこうした適切な時期の間伐など手入れ次第で丈夫な根をはり、太陽が差し込むことにより下草が生える。土砂崩れの防止にも貢献するし、保水力をもつこともできる。結局、手入れができるかどうかなんです」(小原課長)。

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作業の休憩を見計らって、「いぶき」社員へ林業に携わった動機やヤリガイを聞いた。

「体を動かすことが好き」「手入れしたあとの山が好き」「生活のため」「週休2日制が魅力だった」「ゴハンがうまい」

各々答えはちがったが、同社次長で設立から現場作業に携わる白川哲也さんは「せっぱ詰まった声が聞こえるんですよね。「この会社がなかったらアカン、林業はやっていけない」って」と話す。その言葉からは、地域を下支えするという仕事へのプライドとヤリガイがうかがわれる。さらに「社員が思った方向に会社を進めることができ、意欲をもって仕事に取り組める」と続ける。自主性を尊重した柔軟な組織運営、雰囲気づくりも、若者の定着には重要なのだ。

「都市住民の方や国にお願いしたいのは、中山間地域の“人づくり”や“若者の定住”に対する理解と支援です。「いぶき」の31名は林業だけではなく、地元の集落やコミュニティの中心的な存在となりつつあり、町の活性化にも大きな役割をはたしています。朝、彼らが働きにでる姿を見ていると頼もしくすら思える。若者がいること、それだけで地域の活性化につながるんです」と話す河野町長の願いは、条件不利地の全国の農山村に共通するものだろう。山と林業と地域、吹き込む「いぶき」への期待はふくらむ。


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