ふるさとニューウェーブ 新・田舎人15号

マガジンラック

新・田舎人

ふるさとニューウェーブ
自然体でのぞむ地域おこし
~岡山県奥津町~

岡山県苫田郡奥津町の長藤地区は、地区全体を一つの共同体として農場組合を設立、積極的な集団営業を行うとともに、都市住民との交流、地域住民活動をすすめている。その取り組みは、いわば“生産・生活空間としての農村”を重視した地域おこしといえる。

奥津ファームビレッジ“耕心村”

全国の村や町で地域おこしが盛んだ。とくに中山間地域では、活性化の成否によって集落や地域の存亡が左右されかねないとあって、必死な思いで取り組んでいるところが多い。しかし、地域おこしには長い期間の努力が求められ、必死さがかえって重荷となって、地元に活性化疲れをもたらすこともあるようだ。

「意気込み過ぎると疲れてしまう。自然体で長続きすることがいちばん」と話すのは“奥津ファームビレッジ・耕心村”村長兼奥津町ふるさと保全委員を努める友保伸一さん(65歳)。
写真:友保伸一さん

“耕心村”は、奥津町が都市住民との交流をすすめるため同町長藤地区につくった加工場、貸農家(3棟)、浴室棟など交流宿泊施設を中心に、民宿、貸農園などを備え、農作業の体験、味噌や豆腐づくりなど農産加工を楽しめる。

しかし、この農作業体験や農産加工体験はメニュー化されたものではなく、施設利用者の希望に応じて取り組むものだという。

「当初は農作業体験をメニュー化することも考えたのですが、棚田のように小さな面積ならともかく、普通の田んぼで農作業を行うとなると都会の人にはたいへんです。田植え一つをとっても、場合によっては都会の人が植えたあとを、また地元の人が植えなおさなければならない。そういうサービスは面倒になった(笑)。そこで農作業などの体験は希望によってということにしました」(友保さん)。

交流宿泊施設の維持・管理にあたるのは地元の長藤地区。貸農家は原則として食事の提供はなく、備え付けの台所用品で自炊でき、実費を払えば、米、野菜、味噌などの食材を購入できる。また、農作業に必要な道具はすべてそろっており、貸出しは無料。
写真

過剰なサービスの享受、提供があたりまえになってしまった昨今、耕心村の自然体は「愛想にかける」と思われるかもしれない。しかし誤解しないでもらいたい。耕心村の愛想は、メニュー化された農作業や郷土料理の提供ではなく、もっとべつのところにあるのだ。それは長藤地区を歩いてみればわかる。


農業生産と生活の向上をめざし

岡山県苫田郡奥津町は県の最北部、中国山地の内懐にあり、北は鳥取県に接する。町の中央を北から南へ流れる吉井川にそって集落や耕地が標高200~700mで分布し、基幹産業は農林業と古くから美作三湯の一つとして知られる温泉(奥津温泉)である。

長藤地区は町の北部に位置し、東西約3Km、南北約2.2Kmのほぼ四角形をしている。農地と集落は比較的平坦な地形にあるが、後背には急峻な山々が連なる。地区の総人口は114人、総戸数37戸、農家戸数は33戸(平成6年)。

同地区の歴史は古く、古墳時代(6世紀末)と推定される地区中央付近の石引山古墳、おおよそ880年前に創立された奥津神社ほか歴史的資源が地区内に多く点在している。こうした歴史と伝統のうえに集落行事が行われ、地域住民活動には活発なものがあった。

しかし、ここも過疎から例外ではなく、農家の兼業化と高齢化により集落の維持や農地の保全が懸念されるようになってきた。その対応策として昭和53年から4年をかけ団体営ほ場整備が実施され、58年には農業生産と生活の向上を目的に地区内全農家が参加して長藤集落農場組合(現・長藤農場組合/集落組織図を参照)を設立した。以後、水稲を中心に地区全体を一つの農場共同体に見立てて積極的な集団営農と取り組んでいる。また、平成7年には組合内の部会の一つ、作業場利用部会を発展させて農事組合法人・長藤農場を設立、翌年には認定農業者となった。

同組合の特徴は、こうした生産面に加えて、農産物の共同加工を通した生産者と消費者の直接交流や、地域住民活動の中核としての役割を担っている点である。むろん自治会とは性格、目的を異にしているが、同組合が生活の向上を掲げていることから両者は部分的に重複、補完しあう関係にあり、長藤地区に委託されている交流宿泊施設の維持・管理についても同組合が大きな役割をはたしている。


住民の手で守る地域資源

長藤地区の雰囲気を言葉で伝えるのは難しい。友保さんは「山、水、星、自然は豊かですが、その他は何もない。それが長藤の良さ」という。

後背の山々とゆったりとした広がりをかもしだす農地や集落のコントラスト。古来から氏神様として敬われる奥津神社の静かなたたずまい、境内にそびえる天然記念物のけやき。地区内を歩けば古墳、お堂、碑、地蔵尊など地域資源は数多い。また、水の豊かさも特徴だろう。地区内の呑水奥谷川は、雑用水の放流を禁止する川で、集落内は石積水路となっている。

さらにこうした過去の遺産にプラスして、未来への遺産づくりも積極的に行われている。中山間地域農村活性化総合整備事業により整備された長藤農道は、延長1600m、地区の中央部を貫いて4つの地区内集落を結び、法面にはハーブが植えられている。吉井川の井堰から延びて農道横を走る1200mの千森水路は、ふるさと水と土保全モデル事業により320mが親水・遊水施設として整備され、遊歩道や緑地帯が設けられている。
写真

そして何よりも長藤地区には、過去の遺産はもとより未来への遺産についても、地区住民が主体となって守っていこうとする姿勢がある。
写真

「農道や水路は整備された。しかし、まだ完成とはいえません。ここに住民の手で木を植え、花を咲かせ、広がりをもたせることが大切です」(友保さん)。しかも、そこに不思議と気負いが見られない。これもまた自然体なのである。

長藤地区の地域おこしには農業と合い通じるものがある。農産物を得るには、まず土を耕すことからはじめなければならない。そして種をまき、水を与え、天の恵みを得て、はじめて収穫を迎えるのだ。長藤農場組合の活動や都市住民との交流は、地域おこしの土づくりや種まきにあたるのだろう。「意気込みすぎると疲れてしまう」という友保さんの言葉は、はじめから成果を求めても得られるものではない、という意味にも受け取れる。また「自然体」とは、地域おこしの一つ一つのプロセスを楽しみながら大事にして行こうとする姿、そのものなのだろう。

夕暮れの長藤地区を歩いてみる。ここにはかつて日本の農村がもっていたであろう、何ともいえない落ち着きと豊かさ、そして懐の深さがある。“悠々とした地域おこし”は、長藤地区の歴史と文化が現代に受け継がれている証かもしれない。


バックナンバー 次へ

疏水名鑑

デジタルアーカイブス

水土の礎

Think About 2030

世界かんがい施設遺産