ふるさとニューウェーブ 新・田舎人14号

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ふるさとニューウェーブ
山村に開いた国際交流の花。
~熊本県産山村~

中学生の短期留学交流をとおした“日・タイ”交流

大都市に比べ地方の農山村では国際交流も容易ではない。しかし、ここ熊本県阿蘇郡産山村は、10年前から村立中学校とタイの中学校との短期留学交流をつづけ、着実に親善の輪を広げている。大都市だからできる国際化がある一方、農山村だからこそできる国際化がある。産山村の事例は農山村の国際化に一つの姿を示してくれているようだ。

期待と緊張・・・
タイ交流団の大挙来日

平成9年10月4日、土曜日夕方の静けさが漂うはずの産山村役場の駐車場は、ときならぬ大勢の人と車でにぎわっている。遠路やってくるタイの交流生(中学生)とその随行団を出迎えようとするホストファミリーたちだ。

スクールカラーの紫色の制服をきた交流生を中心に、タイの人達がバスを降りると、いよいよ期待と緊張がいりまじる出会いへ。歓迎の言葉、受け入れ相手の名前をタイ語や英語で書き込んだ大きな紙を掲げ、身振り手振りで挨拶するホストファミリー。「ワ・タ・シ・ノ・ナ・マ・エ・ハ・・・」と、習い覚えた片言の日本語で自己紹介するタイの交流生。初の対面とあって少々ぎこちなさはあるものの、互いに笑みがこぼれている。また、随行団には、過去に産山中学校の交流生を受け入れたタイ側ホストファミリーが数家族参加しており、かつての交流生との再開を大喜びする場面も見られた。
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自己紹介などを終えると、それぞれ連れ立ってホストファミリー宅へ。タイの交流生たちは、これから約3週間にわたって、産山村と日本を学び、楽しむことになる。

産山村とタイ国立カセサート大学付属中学校が、中学生の短期留学交流をはじめたのは昭和63年から。平成9年はちょうど交流10周年にあたり、タイからは、引率教師2名、交流生8名の交流団に、カセサート校のジョンラク・クライナム校長をはじめとする学校関係者、保護者、ホストファミリー経験者など随行団を加えて総勢47名の大挙来日となった。


自然と地の利を生かした活性化

日・タイ交流の日本舞台となる熊本県阿蘇郡産山村は、県の最北東部、大分県との県境にあり、阿蘇外輪山と九重連山の中間、東西6km・南北10kmに広がる高原型の農山村。阿蘇・久住・祖母の三山を一望できる、素晴らしい景観に恵まれている。

バツグンの自然環境を誇る産山村だが、他の多くの農山村と同様、過疎化は深刻な問題となっている。昭和30年に3390人だった村の人口は、平成2年に1856人にまで減少した。

そこで村の活性化のため策定されたのが「産山村振興計画」だ。その基本となるのは、個性的な農林産業の振興と自然と調和した滞在型のふるさとづくりである。

農業の振興では、高冷地という特性を生かした野菜や果物の特産地化、広大な草原を利用した畜産の低コスト化などがはかられ、約300ヘクタールの水田では、豊富で清らかな水と低農薬栽培、有機栽培によるウマイ米づくりが進められている。この米は平成3年「日本の米づくり百選」に選定された。ほかに、村の全面積の約75%を占める森林では、品質の高い乾燥椎茸や生椎茸など、特用林産物の生産も盛んだ。

もう一つの柱、大自然を相手にふれあい、親しむなかで人間らしさを取り戻す「心のふるさとづくり」では、高原地帯の気候と景観を資源として、野草園とキャンプ場からなるヒゴタイ公園、貸農園・貸別荘(ロッジ)のファームビレッジ、温泉などを中心に「ヒゴタイの里」づくりと取り組み、民間のゴルフ場、牧場などとともに人気を集めている。

また、名水の存在も忘れてはならないだろう。環境庁の名水百選に選ばれた「池山水源」と熊本県名水百選の一つ「山吹水源」があり、とくに池山水源は近くに駐車場があることから、水を求めて多くの人が訪れる。この水は「うぶやまの水」として商品化され、豊かな自然を象徴する産品となっている。

産山村は、こうした活性化を進めるとともに活性化を担う人づくり、人材育成にも力を入れ、カセサート校との交流もこの一環として「ふるさと創生資金」を活用した「人材育成基金」による助成が行われている。


農林水産省を介して姉妹校選定

ところで、産山村がカセサート校と交流をはじめたのはどういう経緯だったのだろう。地方の農山村では、外国と接触する機会は多くなく、交流相手を見つけることも容易ではないと思えるのだが・・・。

“21世紀は国際化の時代”。産山村もこの考え方をもとに、学校教育に国際交流を取り入れたいと考えていたが、単独でその交流相手を見つけることは難しかった。そこで、着目したのが農林水産省の海外ルート。同省には外国の農業と農村の整備を支援している海外土地改良技術室があり、ここに姉妹校の選定を依頼したのだ。その結果、同省派遣でタイ勤務の国際協力事業団(JICA)専門家が仲介役となり、カセタート校と姉妹校提携を結ぶことになった。

この交流は、肥後の国とタイ国をつなぎ、産山村の村花で紫色の「ヒゴタイ」と、カセサート校のスクールカラーが紫色であることから、“ヒゴタイ交流”と名付けられた。

第1回のヒゴタイ交流は、タイ側からは昭和63年10月、産山村側からは翌平成元年7月に交流生が派遣され、以後毎年、お互いの長期の休み(産山村は夏休み期間中、カセサート校は10月)に実施されている。交流団は相互に引率教師1名、交流生4名の計5名で構成されるが、カセサート校では短期留学希望者が100人を超えるほどの人気で、選考に苦慮するという。

また、第5回の記念交流では7名、今回の第10回の交流では計10名へと交流団が増員され、それに随行団が加わって記念式典などを盛りあげている。

産山村ではカセサート校との交流のほか、農林水産省の外国勤務経験者、外国政府の農業部門担当者などによる国際教室、講演を年4~5回開催しており、産山中学生の国際理解に役立てている。


家族が増えたホストファミリー宅

役場前での出迎えから1時間ほどたったのち、ホストファミリーの佐藤孝司さん宅を取材した。佐藤さん宅は、交流生のラティルットゥ・ゲットゥパンさん(14歳)と、随行団のスィリキュルラッタナさん家族5名を囲んで夕食の真っ最中だった。
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スィリキュルラッタナさん家族は、佐藤さんの娘の若菜さん(中学3年生)が産山村側第9回交流生として、3ヶ月前(平成9年7月)にタイを訪れた際のホストファミリー。若菜さんとの再開をはたし、日本を訪れるにちょうどいい機会と、随行団に加わった。随行団は産山村に3日ほど滞在したのち、日本観光を経て帰国する。

若菜さんはタイ留学を振り返り、「帰りたくなくなるほど楽しくて、お別れのときには泣きました」と話す。

一方、交流生のゲットゥパンさんは、交流初日とあって若干堅さが見られる。また佐藤家も、ホストファミリーになるのは初めてとあってやや緊張気味。だが、これも時間が解決してくれることだろう。印象的なのは、子どもたちが一緒になって家の中を動いている姿だ。打ち解ける度合いはやはり大人に比べ格段に早い。

佐藤家の食卓には、寿司、天ぷらなどの日本食とタイの料理がならび、壁には挨拶など日常会話をタイ語と英語で書いた紙が張り出され、ホストファミリーとしての気づかいが伝わってくる。ちなみに、暖かいお国柄か、タイの人は生ものをほとんど口にしない。寿司は苦手のようだ。しかし、こうした食習慣や文化のちがいを目の当たりにすることも、草の根交流の意義、国際理解のひとつと言えるだろう。

後日、今回の交流についてホストファミリーたちの感想がまとめられたが、
「子どもが一人増えたようだ」
「家族全員で英語の勉強ができた」
「言葉は通じなくても気持ちが伝わった」
「3週間がとても短かった」
など、その成果が多く寄せられた。また、ホストファミリーを努めるため「家族が一致団結してうれしかった」という意見もあり、家族の絆を強める効果もあったようだ。


養われる国際的視野

翌日は、産山中学校において「第10回ヒゴタイ交流歓迎式典」が開かれた。

神前神楽舞(浦安の舞)の衣装を身につけた女子生徒を中心に全校生徒が拍手で出迎えるなか、校門をくぐった交流団と随行団は、生徒たちと記念撮影したり談笑したり、和やかなひと時を過ごしたのち、体育館での記念式典に臨んだ。
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式典は、歓迎挨拶、カセサート校校長挨拶、交流団の自己紹介、記念品の贈呈などが1時間半にわたって行われ、午後からはアトラクションとして女子生徒による神楽舞や小学生による日本舞踊などが披露された。

タイの交流生は、以後、ホストファミリー宅からこの産山中学校に通い、普通授業を受けるほか、写生大会、クラブ活動など学校行事に参加し、同時に催される校内文化祭と、送別式典を締めくくりとして日本を後にする。

ヒゴタイ交流は、産山中学校生徒に大きな影響を与えている。その最大の教育的成果は、生徒たちが身をもって価値観のちがいや異文化を知ると同時に、そうしたちがいを乗り越えて友情と友好を深めていることだろう。また、タイへの留学を終えて帰国すると、学習意欲をはじめ積極性は目を見張るといわれる。加えて、語学力をつけようとする意欲、将来への進路、生き方など、多感な中学生が受ける刺激は想像以上だ。

産山中学校は、こうした交流の実績が評価され、平成2年に国際教育交流馬場財団から「馬場賞」を贈られた。同賞は、日本各地の小・中・高等学校を対象に国際理解教育に顕著で優秀な実践校に与えられるもので、毎年全国から推薦された学校のなかから4校が選ばれる。

10周年を迎えたヒゴタイ交流は、交流する生徒やホストファミリーだけでなく、より多くの住民や地域を加え、交流をさらに広げていくことが望まれている。山里に花咲いたヒゴタイが、一面の草原を飾るのも遠い夢ではない。


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