新・田舎人13号

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新・田舎人

新田舎人インタビュー
農村を失うということは、
日本人が心を失うこととイコールですよ。

鈴木健二さん(熊本県立劇場館長)

親しみやすさとウイット、ユーモアで国民的な人気アナウンサーとなった鈴木健二さんは、NHK退職後、熊本県立劇場の館長に就任。農山漁村の伝承芸能の復活をとおした流域河川の再生など、他に見られない方法で、村おこし町おこしと取り組んでいる。放送人として確固とした地歩を築きあげた鈴木さんが、手弁当で真正面から地方と向き合った理由は?そこで出会った地域のエネルギーと過疎の現実とは?

*文中敬称略

写真:鈴木健二氏 鈴木健二(すずきけんじ)さん
昭和4年東京生まれ。旧制弘前高校、旧制東北大学文学部卒業後、昭和27年アナウンサーとしてNHKに入局。「歴史への招待」「クイズ面白ゼミナール」などの人気番組を数多く手がけ、この間、テレビ大賞、日本ユーモア大賞などを受賞。昭和63年NHKを退職し、熊本県立劇場館長に就任。また、二度にわたり障害者と健常者4000人による「こころコンサート」を開催。著書は180冊を超え、「気くばりのすすめ」「こころ物語」「われに生きる山河あり」など、人生論を中心としたベストセラー作家でもある。

津軽で知った自然の優しさ

鈴木館長は東京のご出身ですが、そもそも自然や地方の良さを感じられたきっかけというのは?

鈴木/話は戦争中へさかのぼります。私の家は元禄時代からの生粋の江戸っ子で、隅田川のほとりに暮らしていました。そこへあの戦争です。どうせ戦場で死ぬのなら、それまで静かなところで本を読んでおきたいと、高校は青森県の旧制弘前高校を選びました。しかもその直前、昭和20年3月の東京大空襲でわが家は焼けてしまい、傷心を抱いて陸奥へ旅立ちました。
津軽では学生自治寮に入りましたが、窓を開けるとリンゴ園がずっと続き、向こうには津軽の野面が広がっていました。そのうえに青い山脈、さらに津軽富士がぽっかりと浮かんでいる。ときおりカッコウが松の梢を鋭く鳴き渡るんです。びっくりしましたね。東京の下町は、近くに隅田川は流れておりましたが、見えるのは屋根ばかり。津軽へ来て、これが人間の住むところだと思いました。それに「いま戦争しているのだろうか?」と思うほどの静かさ。
そのとき、自然というものは本来こんなにも穏やかで、優しい気持ちで包んでくれるものなのだ、と感じたんです。16歳のときでした。それで、自然というものにとても大きな興味をもちました。
また、ある山奥の湯治場へ行ったときは、そこにいたお嬢さんから風の音を教わりました。「目を閉じてください。いまヒューンといいましたでしょ。あれは北の谷を渡ってきた風の音なんです。いまビューといったのは東の崖をかすめて西へ動く風の音」と。
私ね、風に心に響く音があるというのをはじめて知った。東京の下町なんて木枯らしが吹くだけじゃないですか(笑)。ひとつ一つの風に、人の心を揺るがす音色があると、その言葉で知ったんです。


ほんとうの私に還るために

鈴木/もう一つ、私が自然を愛するようになったきっかけがあります。それは偶然、大陸から引き上げてこられた若いお母さんと4歳ぐらいのお嬢ちゃんと出会ったことからです。その親子は終戦の時に大陸でご主人と生き別れになり、津軽のおじさんを頼って来たのですが、目当ての家がはっきりとわからない。かすかな記憶を手がかりに、めざす家を一緒に夜中まで探しまわりました。
翌々日、その親子が学校の門の前で私を待っているのです。お母さんがいうには「この子が庭に咲いていたシャクナゲを差しあげたいというので」と。お嬢ちゃんはシャクナゲを一本しっかり握り、3時間の道程を歩いて来たんですね・・・。
私は生まれてはじめて女性から花をプレゼントされました。女の子というのは、生まれながらにしてこういう優しさと美しさを感じとって生きてゆくんだなと知りました。いわゆる"母なる大地"という言葉がありますよね。文明を生み文化を生んでゆく大地を母にたとえた言葉ですが、その母を代表する心のありようというのは優しさであるのです。そんなことがあって、花や自然が大好きになりました。

NHKを退職されてすぐ熊本へ来られたのも、自然と接したいという思いがおありになったから?

鈴木/36年間、放送に携わってきましたが、私の心にあったのは仕事を終えたら自然のなかで暮らしたいという気持ちでした。ほんとうは陸奥へ行きたくて準備までしていたのですが(笑)、縁あって熊本に。

私は、青春時代に自然というものに大きく心動かされ、東京は住むところじゃないと思っていました。「よく東京から離れられましたね?」と聞かれますが、私はほんとうの私に還りたかっただけなんです。

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