新・田舎人12号

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新・田舎人

新田舎人インタビュー
胡麻の里に響く、ピアノデユオ、
ザイラー夫妻の田舎暮らし。

ピアニスト エルンスト&和子ザイラー夫妻

京都市在住のザイラー夫妻(エルンストさん、カズコさん)は、ピアノデュオとして日本各地、世界各地で精力的な演奏活動を行う一方、週末をはじめ時間ができれば京都府日吉町胡麻の農家で暮らし、"田んぼ"作業に汗を流す。また1989年からは禅寺を譲り受け"かやぶき音楽堂"を裏山に移築、そこでコンサートを開いている。のどかな農村を舞台としたザイラー夫妻の"音農一致"の暮らしをインタビューした。

ザイラーピアノデュオ
1973年結成。四手の連弾、あるいは2台のピアノアンサンブルでロンドンのヴィグモアホール、ニューヨークのカーネギーリサイタルホールなど、国の内外で数百回におよぶ演奏会に出演。国際的なピアノデュオとして名声を確立している。CD「かやぶき音楽堂からのアンコール」、「東響西韻」(ともにテイチク)、著名「ザイラー夫妻の晴耕雨奏」をリリース。

エルンスト・F・ザイラー氏 エルンスト・F・ザイラー
ドイツ・ミュンヘン生まれ。ケルン音楽大学ピアノ科、ジュリアード音楽院卒。1961年初来日。世界各地で演奏活動をくり広げる一方、国内外の大学で後進の指導にあたり、優れたピアニストを養成している。
カズコ・M・ザイラー氏 カズコ(和子)・M・ザイラー
京都市出身。モーツァルテウム音楽院留学後、ソリストとして活躍。結婚後はピアノデュオを中心に、リサイタル開催、公園、マスコミへの出演、随筆活動など多彩な活動を続けている。

取材当日は、裏山の"かやぶき音楽堂"でコンサートが開かれていた。約2時間の演奏が終わったのは夕方。聴衆を送り出したザイラーさんは、母屋へ戻るとアッという間に身支度を整え、軽トラックでひと山越えた田んぼへ。
「田植え前の準備にもう夢中。暗くなるまで帰ってきません」と妻のカズコさんは笑って話す。インタビューは、農作業後夜遅い夕食どきとなった。

農家が王様のようにみえた

ザイラーさんは農業のご経験は?

ザイラー/「農業...」といわれると、本職の農業の方に申し訳ないね。わたしがやっていることは、農業というよりは、種を土にいれ、お米やトマトをつくったり、ブドウを育てたり、日本人のおじいさんが楽しんでやっていることです。その規模がちょっと大きくなっただけ。それに、子どものときの経験も大きな影響を与えているのでしょう、食べ物に苦労したという...。

それはどんなご経験ですか?

ザイラー/ 私の生まれはドイツのミュンヘン。ちょうどヒットラーが総統になった年で、5年後には戦争がはじまりました。明日、命があるかどうかわからない時代でした。そんな中でただ一つ、よかったことといえば、農業をやっていたおばさんの家で暮らしたこと。日本もそうでしょうが、戦争のときはどこも食べ物がなくてね。ところが農家はちがいます。肉はある、牛乳はある、バターはある、ベーコンはある(笑)。だから農家が王様のようにみえた。そこでは、当時9~10歳だった私も毎日何かを手伝っていました。生きてゆくためには必ず働かなければならない。子でもでもおじいさんでも、誰もが。それで農作業の厳しさ、美しさをいろいろみたり、経験したりしました。

京都市から嵯峨野線で1時間半かかる、この胡麻で暮らすようになった理由は?

カズコ/25年前、ピアノの練習ができるような家を探していたら、縁あってここを譲ってもらいました。
それにしても、もう少し都会に近いほうが便利なのでは?
ザイラー/ 音楽家にとって。朝起きて楽器の前に座り、一日中練習できることが最高の環境です。
都会は雑音が多いし、そもそもグランドピアノを入れて練習できるスペースがない。
都会で8畳間をもつことはすごくぜい沢でしょ。でも4畳半じゃあグランドピアノを入れただけで部屋中びっしり、しかも音が鳴りすぎる。箱の中で練習しているようです(笑)。
その点農家は広いし、仕切りを取り除けば、練習はもちろんホームコンサートを開ける空間ができます。

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